やっとこさ悪ノシリーズ更新です。
……待っていてくれる人が居るんだろうか?
これからは週一でうpしていきたいと思ってます。
では、【つづきはこちら】からどうぞ!
【 5 】
「父さん!戻ってくるのが遅いから、心配しちゃった」
「ん?そりゃ、悪かったな」
「早くご飯食べて、稽古しようよ」
「わかったよ。さっさと食っちまうか!」
「うん!」
そして賑やかな食事を終えた親子は、一旦部屋に荷物を置きに行き、今は宿屋の中庭にその姿があった。
互いに剣を構え、真っ直ぐに向き合う。
見物気分で覗きに来た客もあまりの気迫にすごすごと引き下がった。
「いいか、今日は疲れてるからな……すぐ、終わらせるぞ」
「……」
「じゃ、こい。本気で……な」
父の発する気がガラリと変わった。
いつもの穏やかで諭す様な気配は微塵も感じられない。一瞬でも気を抜けばそれで終わりだ。
ごくりと唾を飲み込む。ちりちりと何かが肌を刺す。
震えそうになる指にグッと力を入れて、柄を握りなおしメイコは走り出した。
下段から一気に剣を振り上げる。
「甘いんだよッ!!」
そんな事は解ってる。初撃が簡単に弾かれることは最初から解っていたから、メイコは二撃目に賭けたのだ。
生き残るギリギリの方法をいつでも考えろ、それが父の教えだった。
剣を弾き飛ばされた筈の手には短刀が握られていて、僅かに後ろに引きかけた身体と足に力を入れて、メイコは父の懐に飛び込んだ。
「……ッ!!詰めが甘い!」
昨日与えたばかりの短刀を見事に使いこなして、己の懐に飛び込もうとする娘に、父は内心舌を巻きながらもニヤリと笑った。
渾身の力で押し返されたメイコは、ゴロゴロと転がった拍子に手から短刀を落としてしまって、慌てて起き上がり短刀を拾おうとしたその瞬間、ひやりとした冷たい感触が首筋に当てられていた。
「チェックメイトだ。どんな時でも相手から目を逸らすな……死ぬぞ?」
「……ん」
ゆっくりと剣を引くと共に今まで父が発していた気配も遠ざかっていく。
自分はまだまだ父に遠く及ばない。
悔しかった。父に勝てない事が、ではない。
力の差は歴然としていて修行中の自分ではまだ勝てない。
父は強い。誰よりも強い。
口には出来ないけれど、尊敬している。
だから悔しかった、父のお荷物でしかない自分が……。
グッと唇を噛み締めた。そうしないと情けなくて涙が零れそうだったから。
「……ちょっと!父さんッ!?」
滲みかけた地面が一瞬で空に近付いた。
「重ッ!お前、太ったんじゃないのか?」
「なッ!そんなわけないでしょ!」
「デルとこ出てないくせになぁ……った!」
「うっさい!もう、子供じゃないんだから降ろしてよ!」
自分を抱き上げ失礼な事を言ってのける父の頭をボカスカ殴った。口では痛いと言いながら笑う父がグルグルと回りだす。
「父さんッ!あはは、ちょっと、めがまわ」
「高速回転だッ!!」
「いやー!やめて!」
そのまま草むらに倒れこむと二人は揃って笑い転げた。
見上げれば満天の星空。手を伸ばしたら掴めそうな気がして思わず伸ばしてみる。
その手を父が掴み引き寄せる。
不思議に思って父を見れば、先程とはうって変わって真剣な眼差しがそこにはあった。
「メイコ。父さんはこれから1人で、黄の国に行ってくる」
「え?な、なんで?」
「しッ!黙って話を聞け」
「……」
「ババ様覚えてるか?そうだ、黄の国でお世話になったあのババ様だ。お前には言ってなかったが、あの人が俺の剣を捧げた人だ」
メイコは思わず目を見開いてしまった。剣を捧げた、と父は言った。
仕える者を持たない赤き民にとってそれは特別だった。
生涯においてたった一人だけに剣を捧げる。
赤き民は武芸に優れていて、どこの国の王族も権力者もこぞって大金を積んでその身を欲しがる。しかし、山の様な黄金を積もうとそれだけでは駄目なのだ。赤き民が剣を捧げるのは己の心を震わす存在のみだから。
だから捧げる相手を持たないまま、その一生を終える者も少なくは無かった。
「ババ様から初めて、【剣士】としての俺に手紙が届いた。
あの人は俺を剣として縛りたくないからと言って、今まで一度も自分から助けを求めた事が無いんだ」
ジッとメイコを見詰めながら、小さな声で父は続ける。
「力を貸して欲しいと書かれていた。それが何を指すのかはまだ解らない。
……多分かなり、危険だと思う」
「……解った。待ってる」
父の手をギュッと握り返し頷いた。その手はとても温かい。
父は強い。でも、その父が危険だと言う。
その言葉が不安をかき立てて、笑顔を作ろうとした頬が強張った。
「気をつけてね」
それだけを言うのが精一杯で、俯いて父の手をもう一度強く握り締めた。
「メイコは心配性だな」
父は優しい声で囁いて、もう片方の手で頭を撫でてくる。
子供じゃないと言いながら、いつもはその手を振り払ってしまう。でも、本当はこうやって頭を撫でてもらうのがとても好きだった。剣を握る厳しい手も、頭を撫でる優しい手も、どちらも大好きだったから。
しばらくの間、お互いの命の温もりを確かめるように、親子は寄り添っていた。
「それじゃ、行って来る」
「うん。気をつけて……」
「あぁ、お前は寝とけ。夜更かしは美容の敵、なんだろ?」
「父さんッ!!」
ニヤッと笑って握っていた手を頬に当てる。優しく頬を撫でた手がそっと離れて父が立ち上がった。
見上げた父は月光で顔がよく見えなかった。手が二度、アゴを撫でたのが解った。
それは合図。親子の大切な……。
大きく頷いて見せると、少し笑って父の気配は遠ざかった。
1人残されたメイコは黙って立ち上がり、父が向かった先を見詰める。
「……父さん」
夜風がメイコの髪を攫い、小さな呟きは夜の闇に吸い込まれて消えた。